焼酎の製造方法の移り変わり
焼酎製造技術の変化は時代の流れと無縁ではありません。もっとも劇的な変化は明治の後年におきました。それは日本の国家近代化政策推進の財源として酒税の重要性が増していく時期と符合しています。
明治32年に自家醸造が禁止となり、日露戦争後は過剰生産、販売競争激化、乱売という状況のなか、明治44年から45年にかけての大規模な企業整理を含む大改革が断行されました。
この改革は多くの犠牲を伴いながら、その効果は市場の正常化や体質強化に留まらず、製造設備の革新、製造方法の改良、酒質の改善等広く及び、焼酎業近代化に大きな足跡を残すことになったのです。
どんぶり仕込みから二次仕込み法
明治40年代の大改革までの焼酎はどんぶり仕込みという方法で造られていました。これは清酒と同じ黄麹菌で麹を造り、酒母は造らずに、サツマイモや米などの主原料と水を、麹に同時に加えて仕込む方法でした。
この製法は生産性が悪く、腐造の危険の高い品質のきわめて不安定なものでした。
そこで清酒の製法や泡盛麹菌の応用をはじめとするさまざまな試みがなされ、二次仕込み法という製法が開発されました。
当初、イモ焼酎で開発されましたが、順次、米焼酎や麦焼酎にも応用され、現在ではほとんどの本格焼酎がこの製法で造られています。
さまざまな原料を用いた焼酎群が登場した昭和50年代の焼酎ブームも、70年前に開発されたこの二次仕込み法あってこそのものでした。
この伝統的な製法に新しい風が吹き込まれたのは昭和別年代はじめのことです。
それまで原料の個性や風土の匂いを色濃く漂わせていた焼酎の世界に突如として新しいソフトなタイプの焼酎が登場してきました。
それは伝統的な製法に基づきながら、最終段階で、新しい原理を取り入れた精製法や、伝統的な蒸留法に変わって減圧下で蒸留するという新しい技術の導入によって可能となりました。
この技術はその後の焼酎市場に大きな影響を与え、現在に至っています。
どんぶり仕込みの焼酎
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![]() 味蔵 芋1800ml 価格:2,520円(税込) » 詳しくはこちら |
![]() 明治の正中 25度 720ml 価格:1,628円(税込) » 詳しくはこちら |
高品質な熟成焼酎
さらに昭和60年代に入り、酒類間競争が激化するなかにあって、樫樽による熟成焼酎が登場してきます。
樽熟成による高濃度焼酎は以前からあったものですが、酒税法による着色度の制限やカラメルによる着色が認められないといった制約のもとで、25度という低温度でかつ高品質といった熟成焼酎の市場を新たに開発し、新たなファン層作りました。
伝統タイプ、ソフトタイプ、そして熟成タイプと、焼酎は新しい時代と技術を取り組みながら、ダイナミックに時代に即応してきています。









